Time flies

「もう1年経つのか…」
ようやく大掃除を始めた私の前に立ちはだかったのは、呪術廻戦コミックス29・30巻発売を知らせる新聞広告。2024年12月24日と発売日当日の25日に、読売・朝日・毎日新聞にそれぞれ別の絵柄で掲載されたものだ。つてを頼りに各紙を集め、発泡スチロールに貼って壁に飾れるようにしたのはいいが、スペースがなく私室の床の上で丸一年過ごさせてしまっていた。これを見るたび、1年前の嬉しさと淋しさが入り混じった感情がよみがえる。

この年~2024年の7月、東京では 芥見下々『呪術廻戦展』が開催された。翌年春以降に大阪でも開催すると発表はされたが、いつもながらの東京圏の優位性を思い知らされる日々だった。ほぼ1年後とは何て先の話なんだと思ったが、その1年弱の月日はあっという間に過ぎ、今年の4月と5月に初めて『呪術廻戦展』なるものに足を運んだ。思えばあの時が私の呪術人生のピークだった。のぼせ上がってグッズを買いまくり、受注生産の大きなアクリルスタンドまで注文した。その後ぐらいからかな、流れが一気に下降し始めたのは。何度目かの人生の曲がり角だったのかもしれない。

” Jujutsu is everything.”
この言葉を私は「呪術(廻戦)がすべてだ」という意味を込めてサイト名とした。実際これが英語として正しい使い方なのかはわからないが、自分の気持ちだけで勢いでつけたものだ。
だが、現実の生活は呪術がすべてというわけにはいかない。自分一人なら自分勝手に好きなことをしていられる。東京だって仙台だって行きたいところがあれば何処へでも行けただろう。でも、人生そんな簡単にはいかないんだ。

今年の春以降、身の回りでいろんなことが起き、気分が滅入る毎日に最後の打撃を食らわせたのが他でもない『呪術廻戦』だった。あんな形で純然たる続編を作るとは夢にも思っていなかった。しかも死んでも触れて欲しくなかった過去のキャラ達まで次々と出して来ていると聞く。細々とでも呪術への愛を語っていこうという私の思いは一気に崩れ去った。(※私自身、あれを1ミリも読んだことはありません。すべてネタバレサイトの見出しや勝手に上がって来るネット情報を見た限りの話なので、もし間違っていたらすみません。)

9月の終わりに悠仁と悟の巨大アクリルスタンドが届いた時、嬉しさは半減していた。ブログを書いても自分でも嫌になるほどマイナスな方向に走ってしまい、じゃあいっそのこと止めちゃえばと何度も思った。止められなかったのは心の内を吐き出せるのがここしかなかったから。1年はあっという間だったはずなのに、今は『呪術廻戦展』が遠い昔のように感じられる。
そんな私のもとに昨日届いたのが、のぼせ上がった勢いで半年前にネットでポチっていた “悟ランプ” だ。なんともはや、このタイミングで届くとは。なのにこのランプの光はあたたかかった。デフォルメされた可愛らしい悟の放つ光は暗闇を照らす灯台みたいに感じられた。

五条悟のランプ

思えば去年の今頃は、おせち料理をどうするか、年賀状をやめるかなど毎年恒例の問題に頭を悩ませつつ、クリスマス当日にコミックス29・30巻を買った直後にインフルエンザにかかりダウンしていたのだった。そこに届いた郵便物。「メリークリスマス」と書かれたクリアファイルに入っていたのは、29・30巻購入特典のポストカード全種4枚。同僚たちからのプレゼントだった。うれしくて涙が出た。

来年の今頃、私はどうしているだろう。サイトは続けているのかな。自分でもわからない。きっとこの1年もあっという間に過ぎていくだろうし、おせちはどうしよう、年賀状どうしようと同じことを言っているんだろうな。年の初めの願い事も多分いつもと同じ。
「今年こそは良い年でありますように」

呪術廻戦コミックス最終巻新聞広告
さて、これらをどうしたらいいのかな。
右上は同僚からの愛の結晶のポストカード。こちらは額に入れて飾っています。

ツダケンに無理やり糸を結ぶ

ツダケンこと津田健次郎さんと出会ったのは、今から4年ほど前の『最愛』というドラマだ。2度目の出会いは2023年4月期の日曜劇場『ラストマン-全盲の捜査官-』で、彼の演技に号泣、この時初めて津田健次郎という名前を認識した。すごい役者さんなのにさほど知られていなところを見ると、小劇場系で活躍する実力派俳優かなんかだろうが、これを足掛かりに絶対に世に出てくるな、などと批評家みたいなことを考えていた。

2023年と言えば、アニメの呪術廻戦第2期が7月から始まり、私が呪術の虜となった年でもある。配信経由で放送に追いついた頃にはすっかりななみんラブだったのだが、ななみん=津田健次郎であることに全く気づいていなかった。声優にまで興味の矛先が向いていなかったせいもある。

エンドロールのキャスト名に目が行くようになり、「七海健人 津田健次郎」を見た時には全身に鳥肌が立った。これは何かの思し召しに違いない。私とななみん(=ツダケン)は赤い糸で結ばれていたのだ!
この勝手な思い込みのおかげで私は今ここにいる。

津田健次郎さんがツダケンと呼ばれる人気声優であることを知ったのは、そのあとのことだ。声優と聞いて驚いたのだが、今ではその枠にとどまらない活躍ぶりである。ここまでブレイクしたのは、呪術廻戦のヒットとななみんの声を担当したことが少なからず影響しているだろう。対談番組にも多数出演されていたが、そこで必ず求められるのは、例のななみん最期のセリフだった。ファンとしてはうれしい限りだが、津田さんにしてみたらどうだったのだろう。

不遇時代を語るインタビューで、アニメ『遊戯王』の海馬の声を担当していたことも語っていた。遊戯王のストーリーは知らないが、テレビで流れていたのを目にした記憶はある。海馬という名前が連呼されていたので耳にも残っていた。驚いたことに、主役の声を担当していたのは俳優の風間俊介さんなのだと。当時まだ売れていなかった彼らが、収録前に喫茶店で時間をつぶしていたなんていう話も聞いた。それが今や二人とも誰もが知る俳優になっているとは。それだけでも感慨深いものがある。
NHKの大河ドラマのオープニングで、二人の名前が続けざまに現れた時には「よくがんばったなぁ」と泣きそうになった。親かよ。

来季のドラマでツダケンは主役の一人を演じるという。とうとう主役かぁ。感慨はさらに深まる。声優、ナレーター、役者、何から何まで、犬の声までやってしまうとは。
この間までNHKで放送されていた『シバのおきて』では柴犬の声を担当していたのだが、これがまた鳥肌もの。死んでしまったツダケン柴が仲間の前に現れて言った言葉がこれ。
「福助…後は頼むな…」
やるなNHK。言い方も間の取り方も完全にななみんだった。実際どれだけの人がこれに気づいたかはわからないが、呪術廻戦がNHKがオマージュするほどのメジャーな作品となったことと、ご本人的には複雑な心境なのかもしれないが、”ツダケンといえばななみん” が世の人に浸透していることが、私としてはとってもうれしかった。

津田健次郎さんとは赤い糸で結ばれているどころか、今にもちぎれそうな赤くもない細糸を無理やり結びに行っただけのことだ。それでも私はツダケンの今後の活躍をお祈りしている。勝手にね。

榊マリコにもわかるまい

文章を書くのは本当に難しい。
頭に浮かんだことを書こうとしても、まず指がついてこない。紙に書くのとは違い今は打ち込むだけでいいが、それでも思考には追いつけないし、考えたことをそのまま文字に起こしたら、支離滅裂な文章にしかならない。

漢字の変換機能は助かるが、こんな漢字を普段使うかとか、ひらがなの方がいいんじゃないかとか、逆に悩むことにもなる。たいていの場合、内容や文章の流れで使う文字や表現を決めている。全体的な雰囲気や読む時のわかりやすさを考えて、漢字かひらがなかを、さらには句読点の打ち方なども変えている。ひとつの投稿内では表現を統一するようにはしているが、投稿によって全然違う文体となることとなり、一貫性のないヤツだと思われるんだろうな。

一貫性がないといえば、キャラクターの呼び方なんかもヒドイ。”五条” “悟” “五条悟”。統一すべきだとは思う。だけどその時の内容や気分によって一番良いのを選んだ結果、そうなるのだ。だいたい人の呼び方なんて日常生活でも一定していない。一人称にしてもそう。みんなそんなもんじゃないのって思うんだけど、違うのかな。

昔よく見ていた「〇〇サスペンス劇場」系のドラマでは、残された遺書や送られてきたメッセージを書いたのが別人だと主人公が見破るシーンがよくあった。普段は「おかあさん」と書くはずなのに「お母さん」と書いているから遺書は偽造されたものだとか、送り仮名の書き方がいつもと違うとか、人の呼び方が違うとかの理由で、別人が偽装した手紙やメールだとわかってしまうのだ。この手のドラマが大好きだったから、当初は感心していたものだが、人生の荒波に揉まれるうちに「そんな単純なことあるかいっ」と、軽くツッコミを入れるぐらいにまで成長した。

「みんな見て、このひらがなの部分。他の投稿では漢字を使っているでしょ。だからこれは誰かがYUJIOKANのふりをして書いたんじゃないかしら」と、榊マリコは言う。※
違うんです。勢いで漢字にしちゃっただけで、書いたの私なんです。紛らわしいことして申し訳ございません。でも、人間ってそんなにきっちりしたもんじゃないでしょ。
なんて、要は自分の力量のなさの言い訳なのだった。

「ちょっと待って、ここの表現も前と違うわ。〇〇への呼びかけ方もバラバラだし。文体が一定してないこの文章は…YUJIOKANよ!これは彼女が書いたものよ!」
そう、マリコにはやっぱりわかってしまうのだ。


※榊マリコ
テレビ朝日系列で放送されている『科捜研の女』シリーズの主人公。事件は必ず解決し、お約束の掛け合いで終わるこのドラマは、私にとっては水戸黄門的な存在で、心の癒しともなってきました。1999年の放送開始から四半世紀が経ち、打ち切りも噂される昨今ですが、ほっと一息つける時間を届けてくれた科捜研に、辺境の地からではありますが、心より感謝の意を表します。
2025/12/13 Yujiokan

追記
『科捜研の女』は “ファイナル” と銘打った2026年1月23日のスペシャル版を最後に26年間の放送に幕を下ろしました。終わり方には複雑な思いもありますが、私の中で榊マリコは永遠に京都科捜研に存在し続けているでしょう。
2026/1/24 Yujiokan

聖地TOKYO

呪術廻戦のタイムラインを考えるにあたり、身に染みて思うことがひとつある。それは物語の舞台への土地勘のなさだ。作品中では作者ゆかりの東北の都市が舞台となることも多いが、さすがにそこら辺が不案内なのは仕方がないとあきらめもつく。しかし、舞台の大部分を占める東京についてならどうだ。

渋谷に現れた半径400メートルの帳と言われても、その場所を知らない私にはまったくイメージがつかめない。渋谷駅構内、悠仁がななみんに向かって叫んだビル、五条と宿儺が戦った場所、日車のいた劇場などなど、数え上げればキリがない多くのスポットが、実在していると聞く。海外での認知度が高く有名どころも多い日本の首都だけに、それらがすぐにピンとくる人も多いはずだ。それらを知っていれば、各場面の距離感や時間の推移が現実のものとして把握でき、ストーリーの理解も深まるだろう。何より、呪術廻戦をより楽しめたんじゃないだろうか。

たとえばもし、舞台が私の生活圏だったとしたら。毎日の通勤に使う駅から悠仁が走ったと思しき跡をたどってみたり、あのファミレスは多分ここだよな、なんてことを考えたりするだけで心がワクワクするだろう。
そんな気持ちを味わうために、人は聖地巡礼をするのだろうか。ゆかりの地を訪れ、そこにいたはずの登場人物たちに想いを馳せる。それは、古い街並みでかつてそこに暮らしていた人たちを想ったり、カフェに座り窓の向こうを通り過ぎる人たちの生活を勝手に想像したりする私の妄想トリップにも少し似ている気がする。そんな時間は、自分にとって限りなく貴重で幸せな時間なのだ。

もし私が東京圏に住んでいたら、休みのたびごとに、物語に登場したと思しきスポットをひとつひとつ巡ることもできたんじゃないか。それだけじゃない。関連イベントなどの開催も東京のみか、地方に来ても数か月どころか年単位でタイムラグが生ずる。東京圏にいることは、それだけで優位性があるのだ。移動にかかる時間もお金も、地方よりずっとずっと少なくて済むだろう。
そういえば私は未だに東北にも行ったことがないのだった。喜久福も食べたことない。どうせなら仙台に行って喜久福食べたいな。東京圏からなら東北もそこまで遠くはないはず。少なくともここからよりは。

昔と比べれば、今の日本はどこへ行くにも楽に短時間で移動ができる。東京都心に住んでいなくとも、近郊の町や県から東京へのアクセスは格段に良いはずだし、遠くの府県からも日帰りできるぐらいの交通網も整備されている。だけど現実には、誰もが気軽に飛んで歩けるわけでもない。必要なのは時間と金と情熱、そして行動を起こすエネルギーか。今の私にあるのは情熱だけだ。

テレビの全国ニュースで取り上げるのは東京近郊の話題が中心。今や日本の人口の約3割が東京圏に住んでいるというから※、それも仕方のないことなんだろう。もう30年以上も東京に足を踏み入れていない私にとって、そこはもはや別の世界。私には関係のない、行くべき理由もない場所だった。だけど今何が一番悔しいって、東京圏に暮らす3割の中に自分が入っていないことだ。


※注)
令和2年の国勢調査によります。先ごろ令和7年度の調査があったばかりですが、東京圏に暮らす人の割合は増加しているのではないでしょうか。

記憶の書き換え

呪術廻戦は時系列が複雑で、ストーリーを追う途中、コミックスをさかのぼって読み返すことが何度もある。いつか自分なりに時系列や全体図をまとめてみたいと思っていた。一緒に話せる仲間がいれば、そんなことも考えず、案外それで満足していたかも知れない。が、私の場合は常にひとり。想いをぶちまける場所としてブログを始めたのを機に、せっかくなので物語のタイムラインも載せられたらと考えた。

誰に頼まれたわけでもない。好きでやっていることだから、作業自体はすごく楽しい。けれども仕事と通勤、家事の合間にブログを書き、週末の可能な限りの時間を使いコミックスや関連本をめくり返すのは、想像以上に大変だった。

遅々として進まない作業に半ばイラつきながら、気づいたことが一つある。それは私の記憶がかなり間違っているということだ。コミックスの欄外やオマケのページのどこかにあったはずの情報が、どこにも見当たらない。探していたシーンが思っていたのとは全く別のページにあり、前後の繋がりやセリフも私の記憶とは違っていたことに愕然としたこともある。私の記憶力はここまで落ちてしまったのか。

多分それは歳のせいじゃない。人の記憶は変容していくものだと聞いたことがある。思い出すたびに再構成され、その過程で変化したり書き換えられたりしていくのだと、さっきAIも教えてくれた。あれだけ読み返していても、こんなにも変わってしまうのか、記憶ってやつは。となると、私がキャラクターや作品自体に抱いている印象も、誤った記憶に導かれていたものである可能性もある。時系列を整理する前に、今一度物語をじっくりと読み返し、呪術廻戦という作品を見直してみるのに良い時期なのかも知れない。

好きと言える幸せ

頭痛持ちだ。
学生時代は勉強のしすぎだとか(ない)目が悪くなったからだとか姿勢が悪いからだとかいろいろ言われたけど、最終的には頭痛薬に頼るしかなかった。

低気圧が頭痛の原因の一つだとされるようになったのは、ここ数年のことだろうか。言われてみれば思い当たる節がいっぱいある。頭が痛くなるのは雨が降る前日が多い。かと言ってすべての雨に当てはまるわけでもないが、雨好きの私としては認めたくはないところではある。

最近は夜中に何度も目が覚める。年のせいだと言ってしまえばそれまでだが、1時間ごととなるとさすがに病的なものじゃないかと疑う。翌日は極度の寝不足で、当然頭痛薬のお世話になる。

一昨日もそうだった。最近薬を飲む頻度が増しており、できるだけ我慢するようにしていても、昨日はとても無理だった。薬を握りしめて水を飲みに行く。
「頭痛くて我慢できへん」
そう愚痴ると、頷く仲間の多いこと。
「やっぱりね」
「私もさっき薬飲んだ」
「頭痛すぎて手がしびれてきたわ」

そうか。夜中に異常なくらい目が覚めるのは、いわゆる”気象病”のせいなのかもしれない。原因と思われるものがわかって嬉しいやら悲しいやら。でも、実は仕事場で頭痛薬を飲む時に、思わず頬がゆるんでしまう密かな楽しみがあるのだ。それは薬を持ち歩いている缶にある。私の呪術廻戦好きを知った仕事仲間がくれたもので、一瞬「これ悟か?」と思ったのだが、今では頭痛薬を飲む時の癒しにもなっている。

呪術廻戦にハマってから約2年という短期間に、自分でも驚くほどの関連グッズを集めた。基本的に原画を使っていることにこだわっている。アニメやそれ以外の物もあるにはあるが、私なりの美的基準みたいものがあり、それに従って集めてきた。

だけどね、私の呪術好きが広まるに連れ、いろんな人がいろんなものを持ってきてくれるようになったの。出かけるたびにガチャ回して、見たこともないようなグッズをくれる人もいる。私のななみんファイルを見て「私も好き!」から会話が弾み、これまたいろんな呪術グッズを手渡してくれた人もいた。他にもいろんな人からたくさんの物を頂いた。その多くは私の美的基準からは外れたもの、中には「マジどちら様ですか?」ってのもあるんだけど、うれしいの。好きだってこと知っただけで、あまり話したことない人まで、わざわざ持ってきてくれるなんてことあるんだって。世の中まだ捨てたもんじゃないって思えた。

マンガ好きとかアニメ好きとか大っぴらに言えない時があった。今は「呪術廻戦が好きなのよ」って大きな声で言える。そうして集まった物に囲まれ、小さな幸せを噛みしめながら毎日を生きている。

はじめの一歩

十数年ぶりにパソコンとプリンターを買うことから始まり、レンタルサーバーを借り「初心者にも簡単にサイトができる」WordPressもインストールし、あとは投稿するだけのはずだった。

だが、お助けサイトやAIのくれる情報だけでは次々と起こるトラブルに対処できず、ようやく超入門のマニュアル本をいくつか購入した時には私もサイトも崩壊寸前。
公開前にすべきだった設定もすっ飛ばし、やるべきことがほとんどできていないという無能ぶりに、誰よりも自分自身が落胆した。

サイトの体裁も整っていない。
コンテンツすら揃っていない。
それでも今、ここに初めての投稿をする。
どんな風に表示されるのか、そもそも本当に投稿できるのかすら疑いながらではあるが、とにかくこれが私の第一歩だ。

Happy Birthday , yujiokan.com !