私はいわゆる晴れ女ではない。かと言って雨女というわけでもなかった。遠足や運動会など学校の大きな行事で思い出すのは、晴れでも雨でもない、今にも雨が降り出しそうなどんよりした曇り空ばかり。
雨は好き。
シトシトと降る雨の中をゆっくりと歩く。雨の匂いを感じながら。雨に煙った街は普段とは違う別世界。この世界を家の中や洒落たカフェから眺めるのが私の至福の時だ。目の前を急ぎ足で横切るスーツ姿の人々、ずぶ濡れではしゃぎまわる子供たち、スーパーの袋をいくつもかかえた女性が足早に通り過ぎて行く。まるで映画の一場面を見ているように眺める。それぞれの生活を想像してみたりしながら。そんな時間は穏やかで心温まる、それでいてなんとなく淋しくもあるひとときだ。
台風や土砂降りの雨は問題外だが、同じ雨でも自分が学校や仕事に行くとなると話は別。職場まで自転車、電車を乗り継ぎ最後は徒歩で通う私にとって、雨はむしろ天敵だ。横殴りの雨の中、自転車をかっ飛ばす私の罵詈雑言は決してここで書けるようなものではない。曇り女であったはずの私は、いつの間にか立派な雨女になってしまったらしい。さっきまで降っていなかったはずの雨が、私が一歩踏み出した瞬間に落ちてくるのだ。開き直った私は「雨は私のおともだちだから喜んでるわけよ」と意味の分からない自慢をしているのだが、そんな時の雨はなんとも恨めしいおともだちだ。
現実的には晴れ女や晴れ男、雨女や雨男というのは当人やまわりの思い込みだと聞いたことがある。そりゃそうでしょ。実際にそんな人たちが存在するならば、オリンピックの開会式に晴れ人間をいっぱい並べとけばいいんだから。
曇り空の週末、一週間分の買い出しに出かけ土砂降りの雨の中戻ってきた。日々の生活に追われながら、わずかの時間を見つけサイト作りに取り組む。年を経るごとに背負うものが減り自由になれると信じていたが、その分、別の重荷が増えていくものらしい。いつの日か何の迷いも憂いもなく、雨の街をずっと眺めていられる日々が訪れることを夢見ている。
