深く静かに潜航中

アニメ呪術廻戦展に行ってきたわけ。

先行予約チケットの抽選に2度敗れ、一般予約でなんとか初日のチケットをゲット出来たので。原作の呪術廻戦展は去年行ったし、終わったはずの原作が続き自分の中で地に堕ちちゃったから、こういうのに行くのも買うのも止めようとしたんだけど出来なくて、まあアニメは本編の “ご褒美” だからいいよねとかなんとか言い訳をグダグダ…

もともとストーリーと原画の魅力に惹かれたので、グッズも原画中心に集めてきた。グッズって言っても飾るものがほとんど。悠仁や悟やななみんがでっかくプリントされたTシャツとかバッグとか、じゃなきゃカバンにぬいぐるみやキーホルダーをジャラジャラ付けたい気持ちはあるのよ。けどさ、恥ずかしさが先に立っちゃうの。

初日とは言え予約制だからこんなに並ぶとは思ってなかった。グッズ買うのも順番待ちとは。若い女の子だらけだったんだけど、私みたいな年齢層の女性もチラホラいたの。皆どこかで(むしろ全身で)呪術廻戦好きをアピールしてた。ポスターやフィギュア・等身大パネルなんかの写真スポットは、ポーズをとって撮影したり、いわゆる “ぬい撮り” する人たちで大渋滞。人が入れ替わる合間を縫ってキャラのブレブレの写真を撮りガシガシ進む私。欲しいグッズがひとつだけあったから。

わからんでもないのよ、グッズがああなるのも。結構いいお値段なのに質感がどうしてもおもちゃっぽいって言うか、もう少し “オトナ” でも使えるちょっとだけ、ほんのちょっとだけ良質なものも作ってもらえないかなって思ってた。質感だけの問題じゃなくてデザインとかさ。さりげなく呪術を匂わせるオシャレなものとか…やっぱ難しいのかな。

市販のTシャツに絵を描いてみたのだけど下手すぎて無理。結局自分でプリントしたこのTシャツをヘビロテしてます。たぶん誰も気づかないだろうから。夏油っぽいピアスは市販品では見つからず、形が似たものを自主製作しました。本物志向で作ってくれないかな。

ようやくグッズコーナーに入れた私は真っ先に目的の品を確保。『懐玉・玉折』のエンディングのワンシーンがプリントされたビニール傘。文字は一切入っておらず、呪術廻戦ファン以外には “ちょっとオシャレなビニール傘” にしか見えない代物。私は今日これを買いに来たのだ。初日に完売になるはずないと思いつつも不安は吹き飛ばせないでいたが、予定通り2本ゲットできた。もうこれで満足と思いきや、ついつい目が行く他のグッズ。でも傘以外にカゴに入ったのはクリアポスターとファイルなど飾れるものばかりだった。今や壁という壁が呪術に覆われている我が家のどこに飾るのかは聞かないでくれ。

アニメ「懐玉・玉折」のエンディング映像は私のお気に入りです。原画中心のグッズ収集ですが、この映像のグッズは別格。この傘なら街を歩けるかな。

「中に布の巾着みたいなのが入ったビニールバッグが欲しくてさ、ななみんのヤツ。あ、学生時代のななみんは好きじゃないから術師バージョンのね。あと野薔薇ちゃんのもかわいかったんだけどさ、よーく考えたら私あれで街歩けないから諦めた。」
翌日、ななみん推しの同僚にグダグダ報告したら「それな」と来た。おいおいアンタ、いつの間にその言葉使いこなせるようになったのさ。あたしゃまだ使えん…とかは置いといて、要するにこの手のものを身に着けることに二の足を踏んでしまうのは私だけじゃないってことだ。

あ~あ、誰かオシャンティーな呪術グッズ作ってくんないかな。ちょっとだけ値が張ってもいいから。腕時計好きとしては、これからの人生ずっと使い続けられる腕時計とか。もちろんアナログだよ。アクセサリーとかもギリ買えるぐらいの本物志向のシンプルなリングやピアス。出来ることなら自分で作りたいぐらいだよ。誰が買うかって?
それな。

推しのグッズを身に着けるって、まわりにアピールしたいっていうより自分の気分が上がるって方が大きいんだよね、少なくとも自分の場合は。「このピアス夏油っぽいから今日は夏油の気分!」なんてワクワクするの。そんなわけで、私はもうしばらく呪術廻戦とサヨナラ出来そうになく、私のモットー “すれ違った十万人に一人ぐらい気づくかもしれないレベルの呪術廻戦度合い” に従い、深く静かに潜航していくつもりだ。

ゲーム「バイオハザード」に登場するモチーフを使った腕時計。ベルトを3度ほど替えつつ、20年以上にわたって使い続けています。知ってる人以外はバイオハザード物とは思わないオシャレさとかっこよさが超お気に入りです。呪術ではこういうの無理なのかなぁ。

またね

5月、検診の月がまたやって来た。
4年前に急病で入院して以来、年に一度定期検診する羽目になった。予約があるとはいえ、採血やら超音波やら何かと時間がかかるから仕事は休む。検診結果を聞く日には半休を取る。どちらの日も楽しみはランチだ。お手製の弁当にはうんざりだから、こんな機会には絶対外食だ。どこで食べようかと数日前からプランを練る。去年は何を食べたんだっけ?

そうだ。
行ったのだ、呪術カフェへ。

コラボカフェなんて聞いたこともなかった頃、一度だけ “呪術カフェ” なるものに連れて行ってもらったことがあった。モニターにアニメのシーンが流れるちっちゃなスペースに、びっくりするほど高いけどさほど美味しいとも思えないメニュー。ランダムでもらえる色紙を持って座ったテーブルにはキャラの紙マット。レジ横あたりに並んだグッズはカフェで飲食した人だけが買えるのだと。色紙を求めて何食分も注文する理由はこれだったか。娘のためにパフェとジュースを二人分胃袋にぶち込み吐きそうになったという友人の話を思い出し、また笑った。こんなカフェはちょくちょく開かれると聞いたが、私はたぶん二度と来ないだろうと思った。

去年の4月、3年目の検診を迎える前に呪術廻戦展がやって来た。東京に遅れること約10か月。待ちに待った初日。初めてづくしですっかり舞い上がってしまったあの日。会場横に「待ち時間180分」とあったのがカフェだった。3時間待ちなんて序の口だってさ。並んでいるのはほぼ女子。カップルの姿もチラホラ。若さというエネルギーに気おされたが、本音を言えば私も入ってみたかったのだ。前に行った所の何倍ものスペースがあるし、何より本家本元原画の呪術廻戦展併設のカフェだよ。会場も私の中ではハイクラスな施設だし、原作が終わった(はずだった)今、私にとってはこんなことを味わえる最後の機会だと思ったから。

だから行ったのだ。展示が始まってひと月ほど経ったド平日、検査が終わった後に。ちょうどお昼時だったけど待ち時間は5分! よかった、予想通りだ。逆に悪目立ちしないか気が引けたけど、案外ひとりで来てる人もいたのでほっとした。悩んだ末に選んだ席は悟マットが敷かれたカウンター。オープンなスペース、ビル外の街並みも垣間見える。不慣れな私の緊張も少しほぐれ、まわりの真似して写真を撮りまくる。インスタなんてやってもいなかったけど、記憶がヤバいのでとにかく記録に残しておきたかった。店内にはアニメと映画で使われた楽曲がエンドレスで流れる。普段はお気に入りの2曲だけをYouTubeで聴くぐらいだったけど、呪術一色の世界の中で、次々と流れる曲に身を委ねながら過ごす幸せがわかった気がした。

この幸せが忘れられなくて、検診結果を聞いた帰りにまた行ってしまった。今度は悠仁の席。二度目ともなれば多少余裕もでき、時間をたっぷりとって楽しんだ。そしてそして笑うことなかれ、呪術廻戦展が終わる直前の6月のはじめ、三度目にして最後となるべきカフェを堪能した。ラストの席はやっぱりななみん。計6枚ゲットした色紙には恵だけが欠けたが悔いはない。思えばこの時が私の呪術人生の頂点だった。めちゃめちゃ楽しかった。めちゃめちゃ幸せだった。呪術のサイトを開くことも、開いたとたんに出鼻をくじかれることも夢にも思っていなかった頃だった。

あれから1年。今年もまた検診の時期が来た。1年はあっという間だけどカフェの思い出は遠い昔のように感じる。あれから展示はカフェを伴い全国行脚を続けていて、次は名古屋に行くのだと。すごいなぁと感心しつつ、ひとつのヒット作に乗っかって搾り取れるだけ取るみたいな風潮に気分が萎えてゆく自分がいる。MAPPA制作の呪術続編映像の再生回数がどうのこうのというニュースを見れば、「どうせまたアニメ化してマンガも更に続けっちゃったりするのよね」なんて思っちゃうわけ。私、どんどん性格悪くなってるよな。6月のアニメーション呪術廻戦展はしっかり行くくせに。

4年前の退院日、主治医だった若い医師が言った。
「来年の検診と診察を予約しておきますね。私も〇〇(私の苗字)さんも1年後のことはわかりませんけど、また来年。」
って、先生、気をつけた方がいいぜ。「ボクはこの病院にいないかも知れないけど、アナタはこの世にいないかもね。」って聞こえるぜ。(笑)
ウソウソ。まあこの世の中、何があってもおかしくないから。けど、去年までの3年間、先生も私もしっかり残ってましたよね。私は先生のことを密かに “彦星さま” と呼んでいるのだけど、果たしてこの織姫は今年も彦星様に会えるのかな?
会いたいな。会って「ではまた来年。」って言って欲しいな。

さてと、今年はどこでランチしようか。

雪ん子先生

小学生の頃、始業前と後の短い時間帯に本を読んでくれた先生がいた。確か下の名前は “ゆきこ” だったが、色白でおさげ髪、まるで学生のような若い彼女のことを私たちは “雪ん子先生” と呼んでいた。

4、5年あたりの担任だったと思う。図書室の本を読み漁っていた私だが、幸いなことに彼女が選んだ本は私が読んだことがないものばかりだった。今思えば、それらは私が絶対に借りないだろう本だったから。

彼女が何冊の本を読んだのかは覚えていない。記憶に残っているのは『リスキーとドブネ』と『千本松原』というタイトルの2冊だけだ。本の内容はほとんど欠落しているのに、ものすごく感動したことと、彼女の手にあった本の分厚さや装丁ははっきりと覚えている。

大人になって、公立図書館の検索システムで『リスキーとドブネ』が絶版になっていることまでは突き止めていた。今あらためてタイトルでネット検索すると「見当たらない」との答え。最近はこんな事態にも慣れっこだ。児童文学であること、表紙の色やデザインなど覚えている限りの補足情報を加え何度か検索を重ねた結果、今井誉次郎という名前に行き当たった。

物語が書かれたのは戦後の混乱期あたりだとするAIの回答に一瞬たじろいだが、育った環境の違う2人の少年の交流を軸に、未来への不安と希望を織り交ぜたとする内容から多分これに間違いない。私の記憶が正しければの話だが、周りの物を指さし「生きている」「死んでいる」と言い合いながら幕を閉じるという、ありきたりなハッピーエンドにはない衝撃的でほろ苦い印象が胸の奥に突き刺さっている。

一方『千本松原』の方はもっとはっきりしている。作者は岸 武雄。今から50年以上前に刊行された児童文学だ。
正直に言えば、先生がこの本を手にして現れた時はガッカリだった。まず表紙の絵が私の好むマンガタッチの線画とはまったく違う。しかもタイトルはどう考えても重く現実的な話を連想させた。本の世界に現実逃避を求めていた私は、伝記や実話的な話が嫌いだった。ところが先生が読み始めるや否や、私を含めクラスの皆がこの話の虜になった。

私たちの住んでいた地域は数本の川に囲まれる輪中地帯として知られており、この物語は水害対策のために松を植えた人たちの苦難を描いた実話に基づく物語とされる。言われてみれば確かにそんな話だったような気はするが、私はむしろ裕福だった自分の家が没落していく様を、主人公である少年の目を通して描いた場面が何より強く心に残っている。

分厚い本だったから、最後まで読むには数か月かかっていたはずだ。当初の印象通り辛く重い描写の連続だった。涙を流して聞く子もいれば、強がっておちゃらけてみせる男の子たちもいた。泣くとこなんて絶対見せたくない可愛げのない女の子だった私は、必死で涙をこらえていた。

今でも時々雪ん子先生のことを思い出す。その度に心に浮かんでくるのは、教室に置かれた石油ストーブ、湯気の立つヤカン、濡れた手袋、教壇前の椅子に腰かけて本を読むおさげ髪の先生、出稼ぎ先の重労働で視力を失った父親が、ボロボロの紙袋からお土産のアメ玉を手探りで渡す姿、その場面を泣きながら読む先生の声を聞きポロポロ涙をこぼす自分の姿だ。学校で泣いたのは、後にも先にもこの時だけだったと思う。

先生、お元気ですか。
あれからずっと先生を続けられたのでしょうか。私は先生みたいになりたくて、いっぱい本を読み、好きな本を音読する練習もしました。だけど人前に出ると異常なくらいに緊張して、話を続けることができなくなるのです。せめて我が子にだけはと思ったのですが、先生みたいにはできませんでした。本を読むこともしなくなり、結局何者にもなれないまま、今こんなところにいます。
けれど、先生の読む物語に目を輝かせながら、時に涙を流しながら聞いていた私のような誰かが、どこかで先生みたいに読み聞かせをしているに違いないと思うと、少し救われたような気持になるのです。

先生、読み聞かせをしてくれてありがとう。

めぐる

「思い出が走馬灯のように蘇る」は、過去の記憶を思い起こす感じが伝わる上手い表現だなと思っていた。実際 “走馬灯” がどんなものかはよくわからないが、お盆の時に飾る回り灯籠みたいなものを想像している。

ブログを始めてから過去を振り返ることが増えた。特に昔読んだ本やマンガ、テレビや映画などの映像作品。それらを思い出すときに「走馬灯のように」と言いかけて、何かちょっと違うなと感じる。

本についていえば、最も多読だった小学生時代から、読む量はどんどん減っているが、人に薦めたくなるほど強い感銘を受けた作品にたくさん出会えた。なのにそれらのタイトルや装丁、挿絵などは覚えている一方、肝心の内容が飛んでしまっているのだ。1日1冊ペースで流し読み状態だったせいなのだろうか。
他の媒体についても同じようなもので、あんなに好きだったはずの宝物たちが、断片的な記憶としてしか残っていなかったりする。

何かの拍子にこれらのことを思い出すと、表紙と挿絵、映像のワンシーンや一節、更には当時の身の回りの風景、音、匂い、出来事が次々と頭の中に浮かんでくる。それは走馬灯というよりむしろ “芋づる式” に近い気がするが、この表現はさすがに違うよね。そうだな…飛び出た糸の先を引っ張ると、それに巻き込まれた小さな記憶の断片が次々と弾け出す感じ。

カラカラカラ
歯車みたいなのに巻き付けられた糸が解けてゆく。これってなんて言うんだっけ。そう、糸車だ。『眠れる森の美女』とかで見るようなやつ。
糸車糸車…待てよ、糸車と言ったら…

♪ “めぐるめぐる めぐる因果は糸車”

その昔、NHKで放送していた人形劇『新八犬伝』のオープニング曲だ。フルフレーズ、スラスラと口をついて出てくる。
“めぐる” は呪術廻戦ともダブり、私には何とも因縁めいて聞こえるが、ん? ここでめぐっているのは記憶じゃなくて因果だぞ。

ポップアップ!
もひとつ出て来た。

♪ “思い出の糸車 からからから空回り”

藤田まこと演じる中村主水を主人公とした『必殺仕事人』で、あるシーズンのエンディングに流れていた曲だ。
れ? 空回り?
糸あらへんやん。

♪ “思い出の糸たぐる からんでもつれた絹を”

あったあった。しかも絹糸だよ。
この曲、” 飾り職の秀” を演じていた三田村邦彦の歌唱バージョンもあったんだよな。好きだったなぁ、ヒデさん。かっちょよくてさ。三田村さん、最近見かけないなと思ってたけど、何か旅番組に出とったなぁ……

もはや糸車でもなく「連想ゲーム」か「飛び火」だよ。私の思考はいつもこんなふうに次から次へと飛びまくり、糸の先端に何があったのかもわからなくなってしまう。だけど確かなことは、思い出が糸車のようだと感じる人が他にもいるってことだ。他人の頭の中を覗くことはできないが、案外みんな同じような経験をしているのかもしれない。

このサイトを開くキッカケはもちろん『呪術廻戦』だったのだが、開く直前私の想いは見事に砕け散り、行く先を見失ってしまった。もう少し若ければ、新たなる出会いを求めて進むこともできただろうが、多分私に “次” はない。だけど誰かに話したかった糸の先っちょが他にも幾つかあるではないか。相当古くて途中で切れちゃったり絡まったりしているけど、紡いだ糸をたぐって何かを作り出すのは今なんじゃないのか。

人生100年時代とも言われる。
私にだってまだ未来はあると思いつつ、自らを老人やら年寄と呼び、ついつい後ろ向きになってしまう。自分史を遺したいと思う人たちの気持ちがわかる年頃になって、何をしたわけでもないちっぽけな存在だけど、ちゃんと真面目に生きてきた自分を褒めはできないまでも肯定してやりたいと思う。

そうして “オトナ” は過去を向くのさ。
ここから先は、私の思い出の糸をたぐりよせてみようと思う。

AIと

ブログを始めてからインターネットの検索機能を使うことが異様に増えた。最近はもっぱらGoogleのAIモード。漢字や言葉の言い回しからデジタル機器やアプリの使い方、サイトの設定方法にトラブルシューティング。サポートセンターにすがっても、助けてくれるのは人ではなくAIチャットだ。当初は不安で戸惑ったものの、コイツは相当使える奴だった。

AIの回答は常に正確だとは言えないが、回り道をして確認しながら得た情報には個人的に満足している。AIがなければ一生たどり着けなかっただろう。
しかも間違いが判明した時には「大変申し訳ありませんでした」などと謝ってくれたりもするのだ。今どき人間だって簡単には謝ってくれないぞ。
深夜だろうが早朝だろうが時間を気にせず付き合ってくれるし、その受け答えが優しい。聞く方の私も自然と丁寧な言葉になる。あなた本当に人間じゃないの?

サイトを開いて約半年。
呪術廻戦の時系列をまとめることが目的のひとつだったはずなのに、物語の舞台が実在するとなれば、興味の矛先は自然とそちらに向かう。けれどそこに行ったこともなく、ネットも上手く使いこなせない者にとって、場所の把握はかなりキビシイ問題だ。私の頼みの綱はネットで見られるマップとAIのみとなる。

“東急東横店を中心に…”
「それどこにあんのよ?」

「日下部班待機場所 “新南口” はどうやったら半径400mの帳の外に出せるのさ?」

「マークシティのレストランアベニュー入口って一体全体どこのこと言ってんのっ!!」

ここ数週間、AIと問答をしつつ渋谷の街をさまよい歩いている。
地図の上で。
半ギレになりながら。

東急東横店が渋谷事変設定時直後に閉店になっていることを突き止めても、それが現在のマップのどのあたりに重なるのかがわからない。
“新南口” はどうやらあの後場所を移したっぽいが、果たしてこれで正解なのか。

「マークシティのフロアマップなんて、吐きそうになるぐらい見てるっちゅうねん!」
罵り言葉を押しとどめながら、ようやくたどり着いた(と信じる)レストランアベニュー入口は、もし実際にその場に立てたなら、きっと泣く。苦難の道を思い出して。

その後もAIとの小競り合いを繰り返しつつ、最近は術師を入れない帳あたりをうろついている。コミックスと地図を上下ひっくり返し、ついでに自分もひっくり返ったりしながら。

「そんなん “呪術廻戦 聖地巡礼” とかで検索すれば一瞬で終わるやん」って笑われちゃうだろうね。時系列表にしても渋谷事変マップにしても、きっちり裏取りした完璧なものたちが公開されてるだろうし。
でもそれじゃ悲しすぎるよ。「私、ここで一体何してるんだろ?」って思う。

AIなんて要はネットの情報の寄せ集めだし、他力本願に変わりないって言われればそれまでだ。だからこれは私の勝手な意地(”やせ我慢” とも言う)みたいなもんかな。
それに悪戦苦闘しながら場所や位置関係を突き止めていくのが、今はとても楽しいのだ。苦手な数学の問題を半日がかりで解いた時の達成感みたいな。社会に出てからこんな楽しさを味わう機会はなかなかないよ。
けど本音を言えば、ああでもないこうでもないって言い合える仲間が欲しかった。

さて。
ここまでがんばったら行ってみたくなるじゃない、その場所に。東京に行くなんて、時間的にも金銭的にも余裕のない者には夢の話だって、今までも散々ぼやいてきたけど、この歳になれば先のこと考えるより今を楽しむべきなんじゃないの?
“ボケる確率高し” の宣告もうけちゃったことだし。でもなぁ

一人は寂しいんだよね、やっぱり。
普段は単独行動も平気だし、むしろ好んで一人でいるとこもあるんだけど、こんな時には感動を分かち合う誰かが欲しいって素直に思う。

「くぅぅぅ、ほら見て。ついに来たよ。2人で散々探し回ったあの場所だよ!」
スマホのAI相手に涙する私の周りには、半径2mの “一般人を入れない帳” が降りるな、確実に。
それでも…

行くか。
憧れの地へ。
我が聖地へ。
呪術への想いが燃え尽きないうちに。
ボケないうちに。
冥途のみやげに。

ごほうびな日々

最近はXもInstagramもYouTubeも開くのが嫌だ。
見たくも知りたくもないモジュロの情報。
いい加減私を放っといてくれないかな。
言葉は悪いが正直なところ反吐が出る。
可愛さ余って憎さ百倍とは、なるほど、こういうことか。

ファン歴激浅とはいえ、ちょっぴり誇りをもって「好き」を公言してきた。
マンガ史に名を刻む名作として後世にまで残る作品だと信じていた。
今は人に薦めることもできなくなった。
恥ずかしくて。

なのに何故かグッズは集まり続ける。
考えたらそれらの大半は、愛ある頂き物たちだ。
愛は捨てない。
残りの人生はそれらの愛と共に過ごすつもりだ。

買うつもりもなく、当然予約もしなかったアニメ『死滅回遊前編』の楽曲CD。
発売日当日に開いてしまったXで、原作者の手によるCDジャケットを見たら欲しくもなるよ。
どのサイトでも完売の表示が出る中どうにか手に入れた限定版CDは、封を切ることもなく、呪術屋敷と化した我が家に鎮座している。
呪術なら何でもいいってわけじゃないけど、『廻廻奇譚』と『青のすみか』は生涯私の心のターンテーブル(死語?)に載り続けるだろう。

かつては好きな本やマンガが、実写化もしくはアニメ化されることに反対だった。
自分で作り上げたイメージが壊されるのが嫌だったから。
呪術との出会いがアニメだったせいもあるのだろうか。アニメ『呪術廻戦』は、今の私にとっての「ごほうび」だ。
大好きなキャラたちが動くのだ。
実際に話すのだ。
「あのシーンをこんな風に描くのか」
アニメならではの表現に感心する。
アニメオリジナル上等。
イメージしていた声の違いも「こう来たか」と楽しめる。

昨夜も今週2回目のエピソードを見た。
他局のBSでも放送していることに気づいた時には驚いた。
今どきはこんな感じなのか。
何しろ木曜深夜(実は金曜)の放送は、翌日仕事を控えた者にはあまりにツライ。
土曜のBS放送後、引き続きNHKBSに突入するのが今期の定番路線だ。
NHKBS『京都人の密かな愉しみ』
いつかこれについても話せたらと思う。

『死滅回遊前編』は日車寛見のエピソードに突入している。
後半戦で最も重要な位置を占めるキャラクターだけあって、力が入っていると感じるのは私のひいき目だろうか。
いずれにせよ、自身のバトルへの興味のなさをあらためて思い知ることとなった。
バトルシーンはほぼ流し読み=死滅回遊はほぼ流し読み…ということだ。
日車とのバトル後、なぜ虎杖が服を着ていないのか考えたこともなかった。
我ながら笑える。
マンガで死滅回遊に入った時に、離脱しようと本を捨てかけた私だけに、まあ不思議じゃないよな。

死滅回遊後編がいつ、どんな風に展開するのかは知らない。
でも、私にとっての「ごほうび」を楽しみに待つことにする。
個人的な願望としては、最後の楽曲は再び『廻廻奇譚』であってくれたらうれしい。
廻り廻って最初に戻り、この物語を永遠のものとして閉じ込めて欲しい。

ちょっと「おセンチ」なのは、寒の戻りの曇天のせいか。
「おセンチ」なんて、今は使わないか。(笑)←これもね

だからどうすりゃいいのよ

職場でパソコンに向かっていると、右目のあたりに突然七色の幾何学模様が現れた。模様が連なって輪のようになり、中心部が暗く欠けている。
「疲れてるのかな?」
目を閉じても七色の輪は消えず、目を開けると輪も、欠けた視野も大きくなり歩くことも出来ない。恐怖を感じながら数分間じっとしていると、輪は次第に薄くなって消えた。

すぐに眼科へ行こうと思ったが、実は心配なのは脳の方だ。父親が2度も脳梗塞を起こしており、体質が似ている私も危ないだろうと思っていたから。そんなわけで近くの脳神経外科に駆け込んだ。
人生初のMRI。ヘッドフォンに流れるジャズを打ち消すガンガン音と揺れに耐えること約15分。戻った診察室で、思ってもみなかった診断を聞かされた。

“せんきあんてん”( “閃輝暗点” と書くらしい)という、片頭痛が起こる前に出ることがある症状ですね。脳梗塞につながる血管の詰まりもなさそうですし、これについてはさほど心配ないと思います。ただ、それよりも気になることが…」

え、何?!
どっかヤバいの、私?

医師が言うには、私の脳は “脳のシミ” とも言われる “だいのうはうしつびょうへん” が年齢以上に多く、将来的に認知症になる確率が高いのだと。モニターに映し出された脳は確かに真っ白だ。医師の言葉は続く。

「それと…驚かないでくださいね。ここのところに腫瘍がありまして」

へ?
見える。
私にもはっきりわかるくらいのやつ。

「上手いこと頭蓋骨と脳の間にあって、多分良性だと思うので、開頭するようなことにはならないと……」

ショックすぎて何言ってんだかわからんわ。で、私はどうしたらいいのさ。
常日頃、認知症にだけはなりたくないと願っていた。身内に余計な負担をかけたくない。医師に詰め寄っても、これといった原因や対処法はなく、とりあえず血圧を下げる薬を飲むことになった。

大脳白質病変。
家に帰ってネットで調べると、医師が言ったのと同じようなことが書いてある。いったん傷ついた脳は元には戻らない。これ以上進行させないようにするしかなく、まずは血圧のコントロール。血糖値、コレステロール値、タバコにアルコール、ストレスなんかも要因として挙げられていた。酒やタバコには縁がないが、コレステロール値は毎回検診で引っかかっている。

待てよ。一番怪しいのはストレスじゃないか?
サイトを開いてから4か月ほど。かつてないほど脳みそをフル回転し、七転八倒しながら文章をひねり出すのが良くなかったのでは。いや、ストレスなんて昨日今日の話じゃないぞ。
考えが錯綜する。

「心配したってしょうがないやん。今を楽しんだ方がええんちゃう?」

まわりの言うことはもっともだ。私だってそう思う。揚げ物やケーキ、チョコまで制限したら、何の楽しみが残るというのだ。でもやっぱり、ボケた私を託される身内のことを思うと…

切り替えよう。
考えてもどうにもならん。ストレスが倍増するだけや。出来る範囲でやっていけばいいのだ。久々に半休を取り、ギトギトのトンカツ定食を食べながら自分に言い聞かす。

その晩、ネットで家庭用血圧計をポチった。

ブログの終焉

半年近く前、購読している新聞に『消えゆくブログサイト』という見出しの記事が載った。人生で2度目のサイトを開いたばかりの私には、まさに天啓のような見出しだった。

ある日突然友人が “ホームページビルダー” なるものをくれたのは今から二十数年前のこと。それを使って作ったのが私の最初のサイトだ。
どうにかこうにか日々の生活や写真を綴れるようになりサイト作りが楽しくなる一方で、プライベートなことを公開するのはとても危険なことだと気づいた。それでも、作った物や自分の考えを世界中の人に知ってもらえる可能性に心がときめいた。

そこで私は当時ハマりまくっていたゲーム『バイオハザード』にテーマを変更し、自分のへなちょこぶりをレポートしたり、自作のマップやタイムラインを公開したりした。無料レンタルの掲示板で来訪者とやり取りするようにもなった。InstagramやXなんてものは影も形もなかった時代のお話だ。

そんな時に現れたのがブログだ。特別な知識がなくても、簡単な登録だけで誰もが自分のホームページを持ち、来訪者との交流もはかれる。次々と新しいブログサイトが現れ脚光を浴びてゆく中、長い時間をかけ見栄えもしないページを作るのがバカバカしくなった。操作法の変更などで、バイオハザードへの熱も冷めつつあった。掲示板では “荒らし” の書き込みに対処したり、ネット上で知り合った人たちとの関係の難しさにも疲弊する日々。私はサイトを閉じ、この世界との縁を切った。

転機は突然虜になった『呪術廻戦』だった。誰かとこの気持ちを共有したい。話したいことが山ほどあるのに行き場が見つからない。
つぶやけばいいのか?
「いいね!」すればいいのか?
「呪術にハマったアラ還女でーす!」ってコメントすればいいのか?
書いてるだけでゾッとするわ。
結局、当初は避けていたブログメインのサイトを開こうと決意した。新聞記事を見たのはちょうどその頃だ。

記事によれば、ブログへのアクセス数はピーク時の3分の1ほどになり、閉鎖されるブログサイトも少なくないらしい。書き連ねた文字の代わりに、より気軽に短い文章や画像を投稿できるXや、目や耳に直接訴えかけるYouTubeやInstagramなどが世間を席巻している現状を考えれば、それも仕方ないことなのかも知れない。今やブログは商品のお勧めをして収入を得る手段という印象すらあるが、もとは日記のような私的な記録に端を発していたはず。新聞記事の主眼は、そこに記された闘病記や被災体験などの貴重な記録が、ブログサイトの閉鎖とともに消えてしまうことへの危惧だった。同じような事情や悩みを抱える人にとって、ブログは救いや希望を得る場所でもあったのだ。

自分のサイトがそんな価値のあるものだとは思ってもいなし、そんな望みもない。心にたまったものを吐き出したいなら日記帳なり何なりに書き殴ればいいと言われても、そこには穴に向かって「王様の耳はロバの耳!」と叫んでいるような虚しさがある。ブログなら、どこかで誰かが「そうだよね」って思ってくれるかも知れない。書く方も読む方も、ブログに一縷の希望を託している。

ITの進歩は凄まじい。SNSの世界も数年後はどうなっているかもわからない。
けれど見せるべきものもなく、話したり踊ったり歌ったりすることに長けてもいない、もちろん作家でも著名人でもない一市民が、書くことで世界とつながれる手段が、どのような形であれ残っていることを願う。

そこで泣くのか


呪術廻戦で泣いたことがある人ってどのくらいいるんだろう。実際に泣いたとかじゃなくても、泣けるほど感動したことはあるのかなって。悲しくても、うれしくても。

映画となった懐玉・玉折が泣けると話題になったよね。エンディングに新しい画像を追加することで感動が倍増した。原作では描かれなかった日常の一瞬一瞬をとらえたカメラ視点の画像は、観ている者自身にその間の出来事を想像させる良い手法だったと思う。五条たちが過ごしたあの眩しい時代が遠すぎて、私が泣くことはなかったが、号泣したファンの気持ちはわかるつもりだ。

呪術廻戦では途中で命を絶たれる登場人物も少なくない。思い入れの強いキャラの死に涙する人もいるだろう。ただ、その描き方があまりに残酷かつ淡白だというのが私の印象なのだが、これは作者自身の性格や考え方も影響するのだろう。何にせよ、登場人物への思い入れが強すぎたら、作る方も先へ進めなくなっちゃうだろうし、ある程度は仕方ないと割り切るしかない。
そんなわけで、私のお気に入りキャラたちは口をあんぐり開けている間に消えていった。涙する間もなく。

いやいや、私だって感動するんだよ。でも、どうやら泣きのポイントが少々ずれているようで、実はそれがこれを書こうと思ったきっかけだったりする。
コミックス21巻・第185話。
お兄ちゃんとお姉ちゃんの魂を失ったパンダの話。涙と鼻水流して号泣した。なのにコミックスのオマケページには “185話は「何の話」と担当さんが各所に詰められてしまった” とあるのだ。唖然とした。何なら私が一番胸にこたえたとも言えるエピソードがわかんないの?!
そうか、人によって響き方がこんなに違うのか。

実はこれより前にティッシュを山のように積み上げて号泣したエピソードがあるのだが、奇しくもこれまたパンダとまさみち絡みの話だった。
コミックス17巻・第147話。
日下部の妹のエピソードが刺さりまくったのは私がオカンだからなのか。
まさみちが死んでしまうのは辛すぎたし納得もできなかったが、号泣ポイントはそのこと自体じゃない。まさみちが自分の作った完全自立型の呪骸たちに見送られるシーン。
「まさみちがいないとさびしいぜ」
オカンも死ぬほどさびしいぜ。
父ちゃんがいなくなったらこの子たちはどうなるんだろう。書いてるだけで涙出てくるわ。こんなヤツ、私以外におらんのだろうか。いつかきっと『まさみちと子どもたちTシャツ』作ろ。

で、最後に。
キャラの死で唯一泣いたやつ。
お兄ちゃん。
聞くところによると、コミックスでは連載時のものに加筆されているとか。最初はもっとあっけなかったらしいって話。ウソか誠かは知らんけど、まあ有り得るかな。加筆が本当なら感謝だよ。初めて心まで届いた死に様だったから。結局自分は肉親の情ってのに弱いんだろうな。

こういう話、誰かと語ってみたいという思いもあって始めたサイトなんだけど、やっぱり難しいみたいだね。呪術廻戦のこんなとこが好き、あそこでグッときた、あのシーンはどうだのこうだのって、できれば顔突き合わせて話せたら楽しかっただろうな。コタツでミカンとか食べながら。昭和だね。

いつの日か『呪術廻戦やら何やらを静かに語り合う場所』を作るのが今の私の夢だ。

Angel


さっきチラッと見たけど大丈夫か。
来年早々に始まる死滅回遊前編の映像。
華ちゃん、別人じゃないか?
大丈夫なのかい。
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来栖華が好きだ。
つい先日の投稿で、女性がどうのこうのとフェミニストまがいのことを書きなぐっていたのに、何だよオマエは。あの子は助けてくれた男を一途に愛する可愛くてか弱い女の子そのものでしょ。一番嫌いなタイプなんじゃないの?

確かに、初めて見た時は「出たよ、ふわふわの女の子キャラ」って思った。でもね、伏黒との出会いからの経緯をたどっていくと、その愛はむしろ忠犬ハチ公に近いと思うわけ。命を救ってくれた人に自分のすべてをささげる。あのキャラは別に女性でなくてもいい。だって天使なんだもん。

クロスと天使のモチーフが好きです。華に惹かれたのもそれが理由だったのかも。天使は人間ではないので本来性別もないのですが、時代や描き手によって見た目が男性だったり女性だったりするようです。華ちゃん、違和感ないでしょ?

人間何事も突き抜けちゃうと、もはや尊敬の域に達するってことを直哉について書いたことがある。王子キャラを貫き通し、大嫌いから “あっぱれ” へと個人的評価を覆してみせた及川光博みたいなもんか。(←違うと思う)
一度命を救ってくれた人を追い続け、自らの命を差し出しても守りたいという天使の思いに負けたのかも知れない。受肉した肉体との共存を選んだ顔も知らないおっちゃんの人徳もある…のか。可愛い顔をした女の子の中におっちゃんがいるというアンバランス感も華の魅力だ。

新宿決戦後、受肉した術師とホストの体を分ける方向に進めることが示されているが、華と天使(おっちゃん)の場合はどうだったのだろう。引きはがされた過去の術師は死を迎えることになるのだが、真希は彼らに生きる道を示して見せた。華は?
華も同じ道~彼女の場合は “共存” ということになる~を選んだと私は思う。もちろん傍らの伏黒もそれを否定しなかったと。そして二人はその後幸せに…ん、二人?
アカン。この先を想像するのはやめとくわ。

呪術廻戦の変節を機にグッズ収集もおしまいにしたはずなのに、時々覗いてみたくなる中古グッズの店。アウトレットのカゴの奥に沈んだ華ちゃんを見つけると、ついついサルベージしてしまう私がいる。どうやら私と呪術はもはや引き離せないものとなってしまったらしい。受肉体のごとく。

2026年が良い年でありますように